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紳助さんは引退はすべきではなかった。なぜなら、引退する理由が何もないから。メディアは「すぐにスキャンダルが暴かれるだろう」と書き立てたが、結局、本人が話したこと以外には何も出てきていない。つまり、あれはとても正直な会見だったわけです。
紳助さんが暴力団と関わりを持つ発端となったのは、テレビ番組での右翼に関する発言。十数年前のバラエティ番組でのことで、本人は収録現場を盛り上げるために、カットされることを前提で話したはず。なのにカットしなかったのは、テレビ局のミスだ。その上、テレビ局と所属事務所は、右翼の攻撃から紳助さんを守ろうとしなかった。紳助さんは弁護士に相談したけれどもいい解決策がなく、親しい元ボクサーに頼るほか手がなかった。その結果、元ボクサーが暴力団に解決を頼んだ。紳助さんを非難する人はこういう場合、「ではどうすべきだったか」意見を言うべき。解決策を何も言わずに一方的に批判するのは、説得力がない。 僕も『サンデープロジェクト』(テレ朝)で右翼を批判して、街宣車が15台ほど来たことがある。そのときは、ひとりで右翼団体200社相手に2時間以上討論して解決した。でも、それは僕がジャーナリストだからできること。タレントには無理でしょう。 会見後、暴力団関係者に宛てた手紙や写真が出てきたから「アウトだ」という人もいるが、写真なら僕も取材時に何度も一緒に撮っている。それだけでは「黒い交際」とは言わない。「黒い交際」というのは、金を渡した・もらったという関係をいう。政治家においても問題とされるのは、その点。紳助さんには、金銭の授受はない。 そもそもこの一件は、10年も前の話。メールのやり取りも数年前の話です。そんな昔のメールがなぜ今出てくるのか。これは何か裏があるはず。新聞も週刊誌もテレビも、まず最初にこの点を追及するべきだ。 近ごろテレビのジャーナリズムは、「事実の追及」ではなく「無難の追及」になっている。今は紳助さんを批判するほうが「無難」とされているので、テレビで下手に彼をかばうと、コメンテーターは出演できなくなる可能性さえあるから、何も言えない。テレビはここまでダメになった。本当に情けない。 紳助さんは、90年4月から04年3月まで『サンプロ』の司会者を務めていた。実は、「紳助さんを起用してはどうか」と提案したのは僕。それまでの報道番組の司会者が、政治をわからないのにわかったふりをしているのが、僕はすごく嫌だった。その点、正直に「わからない」と言えるのは紳助さんしかいないと思った。紳助さんは司会者として非常に勘がいい。「どう思う?」と聞いたら、的確な反応をする。 印象深いエピソードに家族旅行の話がある。紳助さんは、家族旅行の際、自分はグリーン車に乗っても、子どもたちと奥さんは普通車に乗せるそうだ。子どもをグリーン車に乗せると、偉くなったと勘違いしてしまうと。教育のための配慮だそうで、とても感心した。 紳助さんが『サンプロ』を辞めたのは、お笑いに徹するため。「『サンプロ』に出演して、芸能界で一人前として扱われるようになった。コマーシャルもサラリーマン代表というイメージで出られるようになった。とてもありがたい。でも、今後はお笑いに徹したい」と。その後のバラエティでの活躍は皆さんご存じの通り。紳助さんは、全身全霊でお笑いをやっていた。 今後、「政界に進出するのでは」という噂もあるが、僕はないと思う。政界はそんなに面白いところではない。紳助さんには、芸能界が一番合っている。だからこそ、非常に残念なんです。 (構成/安楽由紀子) たはら・そういちろう 1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学卒業。64年、東京12チャンネル(現・テレビ東京)入社、77年からフリーに。『激論!クロスファイア』(BS朝日)ほか多方面で活躍中。 (この記事はエンタメ総合(サイゾー)から引用させて頂きました)
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